御嶽山噴火を見て思う、「私は火山の張り込みしたことあります」と。

今日、御嶽山が噴火してすぐに思い出したのは今から数年前のことだ。
2011年1月19日、九州霧島連山の一つ新燃岳で噴火がはじまった。

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当日、こちらは他の用件がありすぐにに現場に向かうことは出来なかったが、

数日後にやっとのことで現地に向かうことが出来た。

けれど到着してからは曇りが続き、新燃岳の山全体を撮影することは出来ないという始末。
「現場に来たのに新燃岳が見えない」という何とも情けないことに(泣)。

待てど祈れど天候は回復せず、その間にも噴火は続いていたのだが
現地到着から3日後に爆発的噴火が起こり、今までとはスケールの違う噴火がいきなりはじまってしまった。
その瞬間、車中で撮影待機していた自分さえも驚いてしまう程の「空振(重低音の固まり)」が響き、麓の霧島温泉郷ではホテルの窓ガラスが一気に百枚以上砕け散ってしまった。

この爆発的噴火で「危険でなければ観光にも役立つかな」といった地元の雰囲気は一変、
「立ち入り禁止区域の拡大」となり、行き来していた県道は各所で「通行止め」となってしまった。
撮影を予定していた「ナイスなアングルでの撮影地点」からも警察によって強制退去させられてしまい、今までよりもかなり遠方から撮影しなければならなくなってしまった。

状況は一変したが、ここまで片道500キロ以上を取材に出かけたからには結果を残さねば帰りづらい。
そんなことを考えていると、やっとのことで天候が回復し新燃岳全体が撮影出来る状態となった。

けれど今度はいつ噴火するのかが解らない。
カメラを三脚にセットして構図を決めて待つ。
だがしかし、「何時何分頃に噴火します」ということは解らないし、
また噴火が次にあるのかどうかさえも予測も予約も出来ないのだ。
長期戦になることを覚悟して食料などを買い込んで車内に搭載し、
カメラレリーズを延長して車内まで引き込んみ車のシートを倒して
楽な姿勢で待ち続けるのだが、これが辛い。

楽な姿勢といっても新燃岳の火口を見つめ続けてレリーズを手から離さないで
とにかく待つ、ひたすら待つ。トイレにも行けない為に水分の補給は最小限。
食事も視線の移動が出来ないのでコンビニなどで売っている御手洗団子(ミタラシダンゴ)を
新燃岳の方向に視線を固定したまま食べるしかない。
この時に実感したのは「楽な姿勢」も数時間続けていると「苦痛な姿勢」になってしまうということだ(泣)。

一時も目を外さずに、待つ、待つ、待つ。
もう気分は完全に「張り込み」。
待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ
待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ
待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ
(おれ、ここでこんなことしてて良いんだろうか?)
待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ
待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ
待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ
(おれ、本当にここでこんなことしてて撮れるんだろうか?)
待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ
待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ
待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ
待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ
待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ
待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ
(おれ、ここでこんなことしてて良いんだろうか?)
待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ
待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ・・・・

頭の中はこんな感じである。

そして忍耐の火山張り込み開始からおおよそ3時間が経過した
12時43分25秒62(おいらのデジカメでの時間です♡)に小規模な噴火があり撮影、
それからまた3時間程後の15時21分46秒50に再び噴火を捉えた。
そしてこんどは13分後の15時34分30秒52に三度撮影。

しかし現場で目にして驚いたのは、噴火の瞬間のあまりにも早い爆発スピード、
EOS 5D Mark IIの約4コマ/秒では話にならない程の勢いで噴煙が一気に吹き出し一瞬一瞬に形を変えていく。
言い古された言葉だが「地球は生きている」と感じられた瞬間だった。

今回の写真は、その噴火の瞬間と夜に見られた火映現象(かえいげんしょう)
そしてもう一枚は噴火の翌年の秋に再度霧島へと向かった時撮影した森の一枚。
最後の森の一枚は、噴火からほぼ一年を経て訪ねた森は火山灰の影響で不思議な森となっていた。

またこのときの森に関しては後日述べることとする。

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